掲示法語・配布法話 恩を知り 供える花の 美しさ
掲示板の法語の解説法話です☘️
寺報は門前に設置していますので、お近くの方は手に取ってみてくださいね
【掲示法語】
念仏の人生は 往き先が決まっている
昨年の末、副住職は職場の健康診断で撮ったレントゲンで右肺に影が見つかりました。再検査でも影があり「がんの疑いがある」とのことでCT検査を受けました。
結果がわかるのは数日後でしたので、それまでは「もし、がんだったとして、どうしようか」と考えて過ごしました。
がん保険には入っていますし、治療は先生におまかせするので、治療については考えることはありません。
まず、考えたのは「私には、この人生でやり残したことがあるのだろうか?」ということです。しばらく考えてみましたが、何もありませんでした。夢がないというのは、それはそれで幸せなことですね。
お寺に関しては、坊守がすでに教師資格まで取得して、寺務仕事もしてくれていますので、あまり心配はないと思えました。
「当面は何とかなりそうだな」と思えたのは、ありがたいことでした。
そこから、検査結果を聞くまでの数日間、今までに感じたことがないほど幸せな時間を過ごすことができました。
このご縁によって、当たり前だと思っていた日常が、全然当たり前のことではなかったのだと身をもって気付かされたように思います。家族との触れ合いはもちろん、全てのものが鮮やかに輝いて見えました。
何よりも、南無阿弥陀仏のお念仏が力強く響いてきました。
親鸞聖人のご和讃に「阿弥陀様の願いが成就した南無阿弥陀仏のはたらきに出あったなら、むなしくこの人生を終える人はいません。阿弥陀さまの功徳が宝の海のように、その身に満ち満ちて、その人がどんなに煩悩で濁っていたとしても、往生浄土のさまたげにはなりません(意訳)」とあります。
私たちは「いつ」「どこで」人生を終えるのかを知りません。しかし、お念仏をいただいた人は「どこに往くのか」についてはすでに知らされています。お念仏をいただいた私は、この命尽きた時、お浄土に往き生まれるのです。
私の口からあふれる「南無阿弥陀仏」は、阿弥陀さまからの「あなたは、お浄土に生まれて仏になるんだよ」という声です。どんな私も決して見捨てない阿弥陀さまのお心があり、たとえ往きたいと思えなかったとしても、必ず往けるお浄土があります。
もし、浄土真宗の教えを聞いていなかったなら、きっと私は不安で押しつぶされていたのではないかと思います。
数日後、検査結果を聞きに病院に行きました。一人で行くつもりでしたが、坊守が心配してついてきてくれました。
お医者さまの第一声は「大丈夫です。何もありませんでした」とのこと。
なんだか拍子抜けしてしまった私は「じゃあ何が写ってたんですか? 乳首ですか?」と先生に聞いたのですが、先生は笑いながら「炎症が重なって丸い影になったのかもしれませんね」と仰いました。 南無阿弥陀仏 保田正信
【聖典のことば・ご讃題】本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし (高僧和讃/『註釈版聖典』580頁)