掲示法語・配布法話 請わずとも 寄り添い 背負う 真の友
10月の掲示法語の解説法話です✨
【掲示法語】
請わずとも 寄り添い 背負う
真の友
【法話】
『大無量寿経』に「不請(ふしょう)の友」という言葉があります。頼まれずとも寄り添い、苦の絶えない私をそのまま背負ってくれる真実の友を意味します。この言葉を思い起こさせる出来事が、テキサス州でありました。
7年前、ジョーイ・ロマーノさんは事故で骨折してしまいました。彼は救急車を呼ぶ費用を心配し、配車サービス「ウーバー」で病院へ向かおうとしました。
迎えに来たドライバーのベニ・ルクムさんは、道端で倒れているロマーノさんを見て驚き、すぐに病院へ送り届けました。怪我は想像以上に重く、救急救命室に運ばれることになりました。
当時のロマーノさんは、大好きだった兄を亡くした悲しみから心を閉ざし、周囲から孤立していました。怪我で苦しむ彼のもとには、友人はもちろん、家族すら訪れなかったのです。その状況を知ったルクムさんは、自分の予定をすべてキャンセルし、さっきまで赤の他人であったロマーノさんに何時間も寄り添い続けました。
誰かと関わることを恐れ、拒否し、自ら孤立の道を選んでいたロマーノさんでしたが、ルクムさんの行動を目の当たりにして人生観が変わったといいます。後に彼は、「ルクムさんの親切によって、私は再び世界の良いところを見られるようになった」と語りました。二人の友情はその場限りでは終わらず、現在も7年以上続いています。
ロマーノさんはルクムさんに「付き添ってほしい」と頼んだわけではありません。しかしルクムさんは、ロマーノさんの言葉にならない孤独を感じ取り、自分の都合を後回しにして留まり、その苦しみに寄り添おうとしました。その優しさは、怪我の痛みだけでなく、ロマーノさんの孤独に閉ざされた心をも救ったのです。
私には、このルクムさんの行為が阿弥陀さまと重なって見えました。阿弥陀さまは、私たちが救いを求めていようといまいと寄り添い、苦を引き受けようとしてくださる仏さまです。
お念仏の生活とは、このような阿弥陀さまのお慈悲を聞かせていただき、
「私は見捨てられていなかった。独りぼっちではなかった」と気づかされながら生きていくということなのではないでしょうか。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
一念寺住職 保田正信
【聖典のことば(ご讃題)】
「もろもろの庶類のために不請の友となる。群生を荷負してこれを重担とす」『大無量寿経』