掲示法語・配布法話 偲んでは 念仏あふれる 盂蘭盆会
掲示板の法語の解説法話です☘️
寺報は門前に設置していますので、お近くの方は手に取ってみてくださいね
【南無阿弥陀仏 六字におさまる 宝もの】
【法話本文】
ガッツ石松さんは中学校を卒業してすぐに東京の会社に就職しました。
東京に出て、テレビで世界チャンピオンのファイティング原田さんの試合を観戦し感動し、会社の社長に「俺もあんな人になりたい。ジムに通わせてください」とお願いしたそうです。しかし、社長は「お前があんな偉い人間になれるわけがない」と突き返してしまいました。まだ十五歳のガッツさんは「ああ、田舎も東京も同じだ。俺みたいな奴にチャンスはないんだ」とショックを受けてしまいました。その後、ガッツさんは会社を辞めて故郷に戻りました。村の人に噂されるのが嫌で真夜中にひっそりと帰ったそうです。
故郷の村を歩いていると、山、川、田、畑といった懐かしい景色に包まれているような気持ちになりました。故郷の景色から元気をもらった石松さんは「俺はやっぱり東京へ行こう」と決意を新たにしました。
再び上京するために駅に向かったガッツさんは、最後にお母さんの仕事場に立ち寄りました。お母さんはいつも通り朝早くに仕事に出かけていました。帰郷している間ずっとお母さんは忙しく働いていて、ガッツさんとあまり話ができていませんでした。仕事中のお母さんに「おふくろ、俺はもう一回東京へ行ってくるぞ」と声を掛けると、お母さんは泥だらけの手で前掛けのポケットに手を入れ、ゴソゴソと一枚の千円札を取り出してガッツさんに手渡しました。そして、涙をハラハラとこぼしながら、「偉い人間になんてならなくていい。立派な人間になれ」と石松さんに言いました。
その時のことを石松さんは振り返って、
「おふくろは苦労を重ねて生きてきた人だから言葉に力があった。スッと心に沁みて、今でも忘れられない。その時もらった泥まみれの千円札は、ずっと使えなかった。今でも大切に持っていますよ。」
と言います。
事情を知らない人がその千円札を見れば、泥まみれの汚れた千円にしか見えないでしょう。本当の価値は由来を知らなければわかりません。
お母さんがどんな気持ちで働き、息子を育ててきたのか。やんちゃ息子が就職して故郷を出たとき、東京から帰ってきたとき、そしてまた夢を持って旅立っていくとき、親としての気持ちはいかばかりだったのか。泥まみれの千円札には、お母さんの苦労と「立派な人間になってほしい」という願いが込められていました。それを知ったからこそ、石松さんにとって千円札は何よりも大切な、人生を支える宝ものになったのです。
私たちが大切にしている南無阿弥陀仏も、何も知らない人にとってはただの六文字の言葉でしかありません。しかし、仏法を聴聞することで知らされるのは、生死を繰り返してきたやんちゃな私の有様と、この子を決して捨てないと、泥まみれになりながら「南無阿弥陀仏」の六字に仕上がってくださった阿弥陀さまのお心です。
南無阿弥陀仏 一念寺 保田正信
【ご讃題・聖典のことば】
それ、南無阿弥陀仏と申す文字は、その数わづかに六字なれば、さのみ功能のあるべきともおぼえざるに、この六字の名号のうちには無上甚深の功徳利益の広大なること、さらにそのきはまりなきものなり。 (『御文章』/『註釈版聖典』1201頁)