高槻一念寺

高槻市下田部町の一念寺(浄土真宗本願寺派)のブログです。お寺の日常について発信しています。

掲示法語・配布法話 亡き人が わたしを 利益している

4月の掲示法語の解説法話です✨
【掲示法語】
亡き人が わたしを 利益している
【解説法話】

 この度、下田部自治会の皆様の多大なるご尽力により、下田部墓地に永代墓が建立されました。
 これからまさに「永代」にわたって、多くの皆様の拠り所、安心の場となることでしょう。
 浄土真宗の教えを聞くものにとって、お墓は、単に亡き方の遺骨を納めるだけの場所ではありません。先に往生成仏された身近な方々を縁として、今を生きる私たちが自らの無常の命に気付かされ、故人さまに導かれてお念仏をいただく、大切な「聞法」の場所であります。
 そのことは、私たちのご本山である本願寺(西本願寺)の歴史からも窺い知ることができます。
 本山本願寺の歩みを紐解きますと、その始まりは宗祖親鸞聖人のご遺骨を納めた墓所、「大谷廟堂(おおたにびょうどう)」でした。
 弘長二(一二六三)年、九十歳でご往生された聖人の墓所は、非常に簡素なものであったと伝えられています。
 しかし、聖人を慕う末娘の覚信尼(かくしんに)さまや御門弟方は、その寂しい有様に耐えかね、十年の歳月を経て京都東山に六角の廟堂を建立されました。さらに永仁三(一二九五)年には、聖人の曾孫である覚如(かくにょ)上人が、この廟堂に親鸞聖人の御木像である「御真影(ごしんねい)」をご安置されました。
 聖人の墓所はただご遺骨があるだけの場所ではなく、聖人を偲び、お念仏の教えを聞く道場として発展を遂げ、今日に至る本願寺の原点となったのです。
 石山合戦や山科本願寺の焼失といった幾多の困難に直面しながらも、先人たちは「お念仏の教えを絶やさない」という一心で聖人の墓所を守り抜き、護法の歩みを続けてこられました。その歩みがあったからこそ、数限りない人々がお念仏のみ教えに導かれ、そして今、この私もまた導かれ、お念仏を申させていただいています。
 聖人が著された『浄土和讃』には、次のようなお言葉がございます。
「お浄土に往生した人は、仏となって浄土に安らぐだけでなく、直ちにこの五濁悪世(ごじょくあくせ)という苦しみ多い私たちの世界へと還(かえ)り来て、お釈迦さまのような限りない慈悲をもって、今を生きる私たちを仏法へと導き、まことの利益(りやく)を与えてくださるのです」
 私たちが墓前に手を合わせ、お念仏を申す姿は、亡き人を偲ぶ姿であると同時に、実は亡き人が「仏さま」となって、この私を仏前へと呼び寄せ、導いてくださっている姿なのです。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
一念寺住職 保田正信
【聖典のことば】
安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかえりては 釈迦牟尼仏のごとくにて 利益衆生はきわもなし(『浄土和讃』より)