掲示法語・配布法話 法の雨 南無阿弥陀仏の 花咲かす
【掲示法語】
法の雨
南無阿弥陀仏の
花咲かす
【法話】
梅雨に入りました。皆様は雨をどのような気持ちで迎えられるでしょうか。
世間では、「良いお天気」「悪いお天気」と言う時、大抵は晴れを「良い」とし、雨を「悪い」とするようです。
ご多分に漏れず、私も雨が降ると「ああ、足袋が濡れてしまう……」と、自分の都合ばかり考えてしまいがちです。
しかし本来、雨はすべての命を育む大切なものです。
私たちが最も大切に聞かせていただく『仏説無量寿経』には、「法雨(ほうう)をそそぐ」という言葉が説かれています。お浄土の菩薩方が、すべてのものに平等に法を説き、命を育んでいかれるお姿を、雨が草木を潤す様子にたとえられているのです。
こんな話を聞いたことがあります。
南米チリに、アタカマ砂漠という場所があります。ここは世界で最も乾燥した土地の一つで、年間の降水量がわずか数ミリという環境です。当然、普段は植物など育たず、見渡す限り砂ばかりです。
しかし、このカラカラの砂漠に数年に一度まとまった雨が降ると、砂漠はたちまち花々で埋め尽くされ、絶景へと姿を変えるのだそうです。
雨が、長年砂の中に埋もれていた種の休眠を破り、一斉に花咲かせるのです。中には、実に20年から30年もの間、じっと地中の暗闇の中で雨を待ち続けていた種もあるといいます。
どれほど長いあいだ、乾いた闇の中に置かれていても、雨に出あえば潤されて花を咲かせる命がそこにあったのです。
この話を聞いたとき、
「私もまた、お念仏の教えという法雨に出あうまでは、果てしない輪廻の中で眠り続けていたのだな。そして、今生でやっと人として生まれ、お釈迦さまのお勧めによって潤され、たぐいまれな南無阿弥陀仏というお念仏の花を咲かせていただいたのだな」と思いました。
これからの梅雨の季節、雨のグチばかり言わずに、仏さまのお慈悲に想いを馳せ、
「この南無阿弥陀仏の念仏は、法雨によって咲かせていただいたんだな」と、ありがたくお念仏を聞かせていただきたいと思います。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
一念寺住職 保田正信
【聖典のことば】〔成道せられし菩薩は〕仏の遊歩をもつてし、仏の吼をもつて吼す。法鼓を扣き、法螺を吹き、法剣を執り、法幢を建て、法雷を震ひ、法電を曜かし、法雨をそそぎ、法施を演ぶ。
『大無量寿経』