高槻一念寺

一念寺は、伝統を大切にしつつも、現代の生活に寄り添う、浄土真宗本願寺派のお寺です。お葬式、ご法事、納骨など、お気軽にご相談ください。大阪府高槻市下田部町。

一念寺の掲示板が新しくなりました



一念寺の掲示板を新しくしました。
掲示できる面積が数倍になったので、色々な情報を発信していけたら良いなと思っています。

茶道具を見ていただきました



来年から、一念寺では茶道教室を開催する予定です。

これから浄土真宗を初める人へ(真宗門徒の生活)

縁あってこれから真宗門徒としてお念仏の人生を歩んでいかれる方に、基本的な真宗門徒の生活をご紹介します。


浄土真宗の教え 教えの三本柱 信心と念仏 慚愧と歓喜

浄土真宗の教え(初めての方のために)


以下は浄土真宗の教えに初めて触れる方のためにかなり簡単にまとめたものです。それぞれについては、聞法の生活の中で少しずつ深めていってください。

【他力本願(たりきほんがん)】

阿弥陀仏が、この私を救おうとされているはたらきを「他力」と言い、生きとし生けるものに「南無阿弥陀仏」の名号(みょうごう)を届けて救いたいという仏の願いが「本願」です。

【悪人正機(あくにんしょうき)】

「悪人」とは、自分の力では煩悩を断ち切ることができず、迷いから離れられない私自身のことです。

「正機」とは、この弱さや愚かさ、迷いを抱えたままの私こそが阿弥陀さまの救いの目当てであるということです。

【往生浄土(おうじょうじょうど)】

「往生」は、阿弥陀仏の願いにより建立された極楽浄土に生まれて往くことです。私たちは仏さまとして浄土に生まれ、現世に還ってきては、苦しむ人を救うはたらきをさせていただきます。

【他力の信心と称名念仏】

南無阿弥陀仏という名号(=名前の仏さま)が私に届き、この身に満ちた状態を信心といいます。そして、私に満ちた南無阿弥陀仏が、私の口からあふれて声になることを称名念仏といいます。

【慚愧(ざんぎ)と歓喜(かんぎ)】

教えを聞き、自分がどれほど愚かで無慈悲であるかを知らされ、自身を深く省みて頭が下がっていくことを慚愧といいます。そして、そのような私を決して見捨てず包み込んでいる阿弥陀さまがおられることを喜ぶことが歓喜です。


浄土真宗はどんな宗派?

浄土真宗はどんな宗派?
 浄土真宗は、親鸞聖人を宗祖と仰ぐ大乗仏教の宗派の一つです。
 親鸞聖人が歩まれた平安時代末期から鎌倉時代中期は、戦乱や天災によって世の中が乱れ、さらに「末法思想(まっぽうしそう)」の影響により、多くの人々が「自分は救われないのではないか?」という不安の中にありました。
 当時、旧来の仏教が説く「厳しい修行」や「多額の寄進」によって功徳を積むことは、一般の庶民には到底かなわぬことだったのです。
 そのような中、あらゆる人々に対し「ただ南無阿弥陀仏の念仏を称えれば救われる(専修念仏)」と説かれたのが法然聖人でした。親鸞聖人はその教えに深く感銘を受け弟子となり、生涯、法然聖人の弟子として南無阿弥陀仏を喜び、阿弥陀如来のお慈悲の心(本願)を明らかにされました。
 親鸞聖人のご往生後、聖人が生涯にわたって追求された「絶対他力」の信心と念仏の教え(信心正因・称名報恩)を継承した人々によって、浄土真宗は独立した宗派として確立されていきました。