高槻一念寺

一念寺は、伝統を大切にしつつも、現代の生活に寄り添う、浄土真宗本願寺派のお寺です。お葬式、ご法事、納骨など、お気軽にご相談ください。大阪府高槻市下田部町。

掲示法語・配布法話 南無阿弥陀仏の人生に 本当の暗闇はない


8月の掲示法語の解説法話です✨

【掲示法語】

南無阿弥陀仏の人生に
本当の暗闇はない


【解説法話】

 7月21日からの一念寺親睦旅行では、長野県の「元善光寺」へ参拝してまいりました。
 元善光寺は602年(飛鳥時代)創建という大変古い歴史を持ち、
「一度詣でよ元善光寺、
善光寺だけでは片詣り」
とも言われる名刹です。

 この元善光寺の大きな見どころが、「お戒壇巡り」です。
 本堂の床下にある真っ暗な回廊を歩き、御本尊の真下に置かれた「極楽の鍵」に触れることで、仏様とご縁を結ぶお参りです。
 実際に足を踏み入れると、そこはまさに漆黒の世界でした。自分の足元はもちろん、目の前にかざした手さえ見えません。手すりだけを頼りに進むのですが、前の人にぶつかりそうになったりしながら手探りで歩みを進めました。真っ暗な中、自分がどこにいるかもわからずに進んでいると、不意に光が差し込んできました。その時にやっと、「ほっ」と胸をなでおろすことができました。

 自分のいる場所がわかる、手が見える、行くべき方向が見える。普段「当たり前」と思っている日常は、実は光に恵まれていたことだったのだと知らされます。そして、明るい光に照らされて初めて、自分の靴が回廊の水で濡れ、汚れていたことにも気づかされました。暗闇の中にいた時は、自分が汚れていることにすら気づけなかったのです。

 親鸞聖人は、阿弥陀さまの本願を「長い夜を照らし続ける大きなともしび」とお示しくださいました。
「必ず救う、私にまかせよ」という阿弥陀さまの願いは、「南無阿弥陀仏」の名号・お念仏となって、どんな時も私たちを照らし続けてくださっています。

 私たちの人生は、順風満帆なことばかりではありません。時には思いがけない出来事に直面し、深い闇の中に一人取り残されたような気持ちになることもあります。しかし、どれほど深い暗闇に思えても、阿弥陀さまの光は見捨てることなく私を照らし、私の本当の姿を包み込んでくださっています。
 お念仏をいただく人生に、本当の絶望はありません。どんな時も、「お浄土に生まれ仏にならせていただく人生にしていただいた」ことは揺るがないからです。

 暗闇を体験し、お念仏という光のありがたさを、味わわせていただきました。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

一念寺住職 保田正信

【聖典のことば】無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ(『正像末和讃』)